大阪高等裁判所 昭和40年(オ)772号 判決 1966年11月08日
控訴人 メタル食品株式会社
右訴訟代理人弁護士 村本一男
被控訴人 株式会社田中商店
右訴訟代理人弁護士 神垣守
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠の提出、援用用、認否は左に補足するほか、原判決、事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
(控訴人の主張)
(一)、本件為替手形三通および約束手形二通は偽造手形である。すなわち、白地手形なるものは、署名以外の手形要件を他人をして記載せしむる意思をもって、故意にこれを空白とし、他人によるその補充を予定して振出されたものでなければならぬ。しかるに、本件の場合にあっては、為替手形三通は、控訴人において引受をなしたが空欄部分を残したまま昭和三七年四月始頃割引依頼のためこれを昭和相互商事株式会社代表取締役久保田日出和に預けたものである。しかして、控訴人は、その後間もなく右割引依頼を取消し右手形の返還を求めたところ、右久保田においてこれを承諾しこれを実行せんとしている間に右手形は他人に窃取され行先不明となるにいたったのである
従って、右手形は、不完全手形で、振出人たる昭和相互商事株式会社又は引受人たる控訴人により何人に対しても白地の補充権が与えられることなきまま転輾して被控訴人の手中に入るにいたったものである。次に、約束手形二通についていうと、右は控訴人が三光融資株式会社において割引を受ける目的で作成し、受取人、振出日空白のまま所持していたものであるが、昭和三七年四月二〇日頃高島折一こと高春日に窃取せられ振出人たる控訴人の白地補充権付与なくして転輾し被控訴人の取得するところとなったものである。されば、本件手形は、不完全手形であって、白地手形には該当せず、補充権を有せざる者の手によって空欄を補充完成せられたるものにすぎないから、たとえ、引受人、振出人の署名捺印が真正のものであっても偽造手形に外ならないのである。よって、控訴人は本件手形に基づき何らの責任を負わないものである。
(二)、仮に、本件手形が白地手形に該当するものとしても、被控訴人は、訴外岸本博行から本件手形を取得するにつき、悪意又は重大な過失があったから、手形法第一〇条但書により控訴人の本訴請求は失当である。すなわち、
(1)、被控訴人が従来岸本博行から取引上受取った手形がしばしば不渡となっているから、本件手形も一応事故手形ではないかと考えるべきが当然であること。
(2)、被控訴人は、本件手形五通とともに、なお二通の為替手形(金額総計一七四万円)を右岸本から材木売掛代金の支払と称して受取っているのであるが、当時経済的に困窮していた岸本が支払義務者をすべて控訴人とするかかる多額の手形を所持していたこと自体怪しむべきことであり、しかも、被控訴人は岸本が本件手形を提供したのに対し、同人に裏書もさせずこれを受領し、従来岸本から受取っていた手形(不渡となった分)を返還していないこと。
(3)、被控訴人が、岸本から本件手形を取得した際、手形詐取の常習者たる高春日が立会しており、かつ、同人や前記岸本がカレー粉の製造販売業者である控訴人と取引関係をもつはずがないことは一見明白である。また、本件為替手形には、いわゆる「街の金融業者」であることが、商号上容易に看取される昭和相互商事株式会社が振出人として表示されている。なお、本件手形には、これが「うこん」代金支払のため控訴人により発行された旨の証明書(甲第六号証)がわざわざ添付されている。以上の諸点を綜合すれば、本件手形は金融のための手形であって、正常の商業手形でないことが明らに看か取されること。
(4)、被控訴人が本件約束手形三通およびこれと同時に岸本から取得した本件以外の為替手形二通を満期に呈示したので、控訴人はやむなく右手形金額全部を供託したうえ、その支払を拒絶した。しかるに、岸本は、右不渡手形については何ら手形上の責任がないのにかかわらず、右為替手形二通を買戻し、これを高春日を通じ控訴人に返還したのである。右事実に徴すると、岸本は右為替手形や本件手形につき控訴人に支払義務なきことを知り被控訴人にその旨告知していたか、少くとも、被控訴人においてこのことを暗黙のうちに了知していたと考えられること。
(5)、被控訴人は、手形法に精通し、事故手形につき豊富な知識を有し、多数の不渡手形を所持し、自らその取立訴訟を追行している位の人物であること。以上(1)ないし(5)に挙示したところを綜合すれば、被控訴人は悪意又は少くとも重過失により本件手形を取得したものというべきである。
(三)、被控訴人の本件手形取得は、訴訟行為をなさしめることを主たる目的としてなされた信託行為であるから、信託法第一一条により無効である。被控訴人は、真実岸本博行から本件手形の譲渡を受けたものではなく、当初から控訴人に対し本件手形の譲渡を受けたものではなく、当初から控訴人に対し本件手形金取立の訴訟を提起する目的のもとに訴外人から本件手形を預かり所持しているのにすぎないものである。
(四)、被控訴人の本件手形取得は、前記(二)において詳述した事情に照し、昭和相互商事株式会社(為替手形三通につき)又は高島折一(約束手形二通につき)からの隠れた取立委任裏書に基づく取得であると認められるところ、控訴人は右昭和相互商事株式会社又は高島折一に対し手形金支払の義務がないことは明らかであるから、隠れた取立委任裏書の被裏書人たる被控訴人に対しても右訴外人等に対すると同一の事由を主張してこれに対抗し得るものである。それ故、被控訴人に対し本件手形金支払の義務がない。
(被控訴人の主張)
控訴人の当審における主張はすべて否認する。本件手形は、いずれも控訴人においてこれを割引き資金の融通を受ける目的をもって昭和相互商事株式会社又は高春日に交付したものである。本件手形は白地手形であり、控訴人はその補充権を右訴外会社又は高春日に付与していたものである。仮にしからずとしても、補充権の欠缺をもって善意の第三者たる被控訴人に対抗することができない。なお、被控訴人は、訴外岸本博行に対し材木を売渡し、その代金支払のために同訴外人から本件手形の譲渡を受けてこれを取得したものである。
(証拠関係)<省略>
理由
当裁判所は、被控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと認める。その理由は左に補足、訂正するほか原判決理由に記載するところと同一であるから、ここにこれを引用する。
(一)、原判決四枚目裏二行目(理由冒頭)から同七行目までを、「引受部分については成立に争いがなく、その余の部分については成立に争ない甲第一二号証の記載により成立を認める甲第一ないし第三号証の各一、右甲第一二号証および当審における被控訴会社代表の供述によって成立を認める甲第一ないし第三号証の各二、成立に争いない甲第四、五号証の各一(ただし、振出日、受取人の各欄を除く。この部分の成立の経緯は後記認定のとおり。)、右甲第一二号証および成立に争ない乙第七号証の四の各記載によって成立を認める甲第四、五号証の各二、成立に争いない甲第六号証、」と改める。原判決五枚目裏二行目および末行に「染本」とあるのをいずれも「梁本」と、同六枚目表七行目に「ハブ某」とあるのを「土生某」と、同七枚目表六行目に「被告」とあるのを「原告(被控訴人)」と改める
(二)、原審の事実認定を支持する証拠として、成立に争ない甲第一一ないし第一五号証、乙第七号証の一、四、当審における被控訴会社代表者の供述を追加し、右認定に反する当審における控訴会社代表者および被控訴会社代表者の各供述の一部は採用できない。他に右事実認定を左右するに足る新たな証拠はない。
(三)、控訴人の当審における主張(一)について。
控訴人は、本件手形は白地手形ではなくして不完全手形にすぎず、補充権の付与なきままに流通転輾して被控訴人の手中に入ったものである旨主張する。しかしながら、原審の認定した事実関係(原判決四枚目裏末行から六枚目裏六行目まで)によれば、控訴人は本件為替手形三通の割引を受けることを委任してこれを昭和相互商事株式会社代表取締役久保田日出和に交付し、さらに本件約束手形二通を右同様の目的のもとにこれを高春日に交付したものであって、控訴人としては右久保田又は高の奔走により本件手形による金融が得られる事態となったときは、本件手形の振出日、受取人、振出人(為替手形の)等を右久保田又は高をして補充せしめ、手形の文言に従い引受人又は(約束手形の)振出人としての責任を負担する意思をもって本件手形に記名捺印していたものであることが明らかである。してみると、本件手形はいわゆる白地手形として交付されたものというべきであるから、これが不完全手形であり、補充権の付与がなかったとする控訴人の主張は採用できない。もっとも、本件手形のうち約束手形二通が控訴人から高春日に交付されたいきさつは、高が控訴会社代表者近藤に本件手形に裏書人として署名捺印するはずであった梁本が、印章を持って来なかったので、三文判でよいかどうか三光融資の社長に聞いてくる」旨申向け、近藤から本件手形外約束手形五通の交付を受けそのまま逃亡したというのであって、かかる状況の下における手形の交付によっては高に補充権を付与したものと認められないと解する余地もある。しかしながら、本件手形が高春日に金融の周旋を依頼する意図の下になされた一連の行為の一環として同人に交付されている以上、本件手形は控訴人の意思に基づいて流通におかれたものというに妨げなく、その後高の手によって白地の補充がなされても、手形所持人において悪意又は重大な過失によって手形を取得したものでないかぎり(被控訴人に悪意又は重大な過失がなかったことは後段に説示するとおりである。)、手形法第七七条第二項、第一〇条の法意に照し、控訴人は高に補充権がなかったことをもって手形所持人に対抗し得ないものというべきである。いずれにせよ、控訴人の主張は採用できない。
(四)、控訴人の当審における主張(二)について。
次に、控訴人は、被控訴人において本件手形を取得するにつき悪意又は重大な過失があったから手形法第一〇条但書により本訴請求は失当であると主張する。しかしながら、本件手形が白地手形であり昭和相互商事株式会社又は高春日において白地補充権を有していたことは前記のとおりであり、その補充権の行使に違反があったことは控訴人の主張しないところであるから右主張はそれ自体失当である。仮に前項末段記載のように、高春日に補充権の付与がなかったと解すべきものとしても、本件手形が高春日によってだまし取られたものであり、同訴外人に適法な白地補充権がなかったとの点について、被控訴人がこれを知り又は知らざるにつき重大な過失があったことを認めるに足る証拠は存しない。控訴人の主張(二)の(1)ないし(5)は、すべて証拠上認められない事実であるかあるいは証拠に対する控訴人独自の評価判断に基づく結果にすぎず、到底被控訴人の悪意又は重大な過失を推断せしむるには足らないものである。控訴人の右主張も採用できない
(五)、最後に、控訴人は、被控訴人の本件手形取得が信託法第一一条違反又は隠れたる取立委任である旨主張するが、かかる事実を認めるに足る証拠は全くなく、被控訴人が岸本博行に対する材木売掛代金の支払として真実本件手形を取得したものであることは原審認定のとおりである。控訴人の右主張は採用できない
以上説示のとおりで、原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから失当として<以下省略>。